カスタマーレビュー
おすすめ度:
色んな観点から楽しめる本 
(2009-03-10)
三教指帰および文鏡秘府論の序文について、原文と訳文、そうして原文注釈が掲載されています。
さすが空海と言いますか、原文には様々な故事に依拠した記述がギッシリ詰め込まれているわけで、相当古典に造詣が深くないと読解できる代物ではありません。
しかしそれに対し、原文注釈が偏執狂の如く網羅されているのでご安心を。
時間をかけてじっくりと爪の先まで三教指帰を味わう事が出来ます。
また、訳文も原文の意を損なわない程度に非常に噛み砕いて上手く書かれているので、訳文のみサラリサラリと味わい読んでも、十分に「三教指帰を読了した」と言ってもいいと思います。
<初読・個人的なぶっちゃけた感想>
本書で難解なのは古典の記述になぞらえたくどい言い回しの部分だけで、これ自体は本文の主張とは殆ど関係ないと思う。ここには空海の勤勉さと文才しか見る点はない。
仏教サイドの主張は、よく見ると教理を横並び的に讃じているだけで、逆に儒教や道教ほどに論理立てた説得が為されていない事に気付く。若かりし頃の空海が、仏教の教えを知識としては吸収しつつも、まだ俗界の論理ほどには自分の手足には出来ていなかった事がうかがえる。
若き空海の思想 
(2006-05-07)
『三教指帰(さんごうしいき)』は空海若干24歳の著作である。三教とは、儒教、道教、仏教。指帰とは、優劣を論じ帰着するところを示している。ただし、論文ではなく、対話形式で、登場人物に三教の要旨を語らせる戯曲の構成をとった比較思想論となっている。三巻のうち、上巻は序と亀毛先生の意見、中巻は虚亡隠士の見解、下巻は仮名乞児の教説と全体の総括にあたる十韻からなる。
序は空海自らの経歴を述べる。若年より学問に励み、大学に入ったが、次第に俗世の立身出世を疎ましく感じ、山林修行にうち込むようになる。ところが、親戚や知己が、空海の出家をとどめ、強く反対する。しかし、生きとし生けるもののもちまえは同じではなく、空を飛ぶ鳥、水にひそむ魚といったようにそれぞれに性分の違いがある。だから、聖人が人を導くには、三種の教えを救いの網として用いるのであり、いわゆる「釈」と「李」と「孔」(仏教と道教と儒教)とがそれである。この三種の教えには浅いと深いとの違いはあるが、いずれもみな聖人の説いた教えである。その同じ教えの網の中に身を置けば、忠孝の道に背くことなどはありえないと言うのだ。
かくして、空海は三幕のドラマ仕立てで、自らが仏教を選びとった精神的な経緯を記している。
名づけて「三教指帰」という。本書は空海の心の悶えのやむにやまれぬ気持(原文「憤懣之逸気」)をぶちまけただけのものである。時に延暦16年(797)12月1日であった(雅)
青年「空海」の比較宗教論 
(2004-03-08)
今から、約1200年前の著作とは思えない生き生きとした対話となっている。三人の代表者に、その宗派の説く論旨を語らせていく、方法は、どこかで読んだことがある、宗教的なものとは、異なるが、これは、まるで、天文対話や新科学対話、ではないか?そして何よりも、24歳の青年、空海が理解していたと思しき「儒教」「道教」「仏教」を、堂々と開陳しているのには驚く。平成のこの時代に、この様な青年は何人居るであろう?並々ならぬ強固な意志と才能だ、例えその理解が未だ未熟であろうと、なかろうと、探求への情熱と覇気には圧倒される。この様な比較宗教論を書く以上、彼は、四書五経、老子荘子はおろか、仏典の数々、大日経、アビダルマ倶舎論、中論、唯識二十論、摂大乗論を始めとする、当時読めるものの大半を読んでいたのであろう。
一体、彼の師は誰なのだろう?私は漠然とだが、三論宗の沙門「道慈」を思い浮かべている。道慈は、唐に留学し、吉蔵の弟子、元康より「三論」を学び、善無畏三蔵より「真言」を習った。空海に虚空蔵求聞持法を教えたのは、もしかすると道慈かも知れない。道慈の三論宗は、その背後に、法相宗の経典「観弥勒菩薩上生兜率天経」に拠る弥勒信仰があった。空海は、この沙門道慈の教えを受けて、何年にも亘り、山中に伏す修行の月日を送ったと考えられる。空海と云う人間の謎を解く鍵は、この空白の歳月にある。この時、空海は、一体何をしていたのか?
「命の初めに、そして命の終りに」、深い関心を持ち続けた空海だが、彼は、宇宙の最果てに、我々を苦悩から救うであろう「弥勒菩薩」が存在する事を確信したのだと思われる。例え、それが56億7千万年という遥か遥かの未来の事であるにしても。漢文は、彼の叔父で、大学者の阿刀大足に習ったのであろうが、インドから直接もたらされた原始仏典は、パーリ語やサンスクリット語で書かれており、彼は、果たしてサンスクリットやパーリ語を読めたのであろうか?
万能の人というのが、空海に対するイメージだ、深い哲学的洞察力、深層心理学の探求、カラクリ的技術の才能、日本三筆の能書家であり、種智院の教育者、その上、土木工学までやる人、おそらく現代に生まれていれば、相当な数学的貢献したであろうと思えるほどの、明晰な論理力、もしかすると理論物理学をやっていたかも知れない。ダビンチとライプニッツを融合させたような人というのが大方のイメージでしょう。未だ、彼の時代には、近代科学は、その萌芽もない。しかし実験的な科学は確立されては居なかったが、概念の方の進歩は古代に於いても著しい。倶舎論などは、素粒子論との比較なども興味深いものがある。
青年空海の大いなる飛翔の一歩として、三教指帰を読んでみるのは面白いと思います。
高野山を訪れた一昨年の秋、お山は、ヒノキの巨木に覆われて、その中に点在する紅葉の、まばゆい赤の、ひときわ深い神聖さが印象に残る。それは、高野山が雪に包まれる前の、神秘をいやが上にも思わせた。空海が詠った、生まれ来る不思議、死んで行く不思議が其処に在った。静まり返った樹間には、夥しい数の墓と卵塔が、犇めき合っていて、ガイドが言うには、空海と一緒に往生したいが為に、ここに墓と埋葬を希望しているのだと言う。だが、心・魂が通じるという事は、距離の遠・近ではないであろう。
史跡として高野山の墓地と卵塔は共感できるが、魂の問題としては迷妄かも知れない。大いなる宇宙的比喩からすれば、人は、どこで死んでも、自らの深く帰依し、尊敬する人とは、魂のレヴェルでは繋がっているのだから。真魚ー空海は、地球というこの奇跡の惑星に生まれ出た、一人の人間である、そして、類まれな才と徳を備えた、深く豊かな人格であった。ただ、空海と墓地を共にせんと欲する、この夥しい死者の群れは、果して往生したであろうや?
多くの墓と卵塔を見ていると、この静寂の中に、人々の再生への祈りを感じない訳にはゆかなかった。遠い過去で出会い、現在で出会い、遙かな未来で出会えるとしたら、いのちの邂逅の物語を紡ぎだせる事だろう。前橋予備士官学校同期生の慰霊の為に、度々高野山を訪れた父の笑顔が、静まり返った樹幹から覗いたような気がした。空海が本当に知っている事とは何なのか、彼が、本当に伝えたかった事とは何なのか、意味論なのか?音と意味の結合の言語哲学なのか?、この世界の現象と力に付いてなのか?、人間と言ういのちの生きかたの指針なのか?空海は、それらの全てに高度な認識を示しているので、完璧な理解は難しい。最近、筑摩文庫に空海の著作エッセンスが出版されている、それらを徹底的に読み分析してみる事をお奨めする。
「師の後を追わず、師の求めたる処を求めよ…」これが、大師の教えであったのだが…